My hate.

人生への諦念

普通に、真面目に、生きてきた、筈だった。

幼稚園は年中と年長の2年間、病欠、出席停止、忌引き以外は毎日通っていた。

 

小学校は、小2で転校するまでの間も同じように、そして転校してからも、環境に運よくうまく適応することができて、無事に合計で6年間、通うことができた。

 

中学校も3年間、部活動を並行しつつ、不登校になることはなかった。

不登校になる人の気持ちがわからないほどに、学校に通うということが楽しかったからだ。

もちろん、学校が嫌だ、と、何度も思ったことはある。

だが、それに耐え抜いてきた。

酷いいじめを受けたことがなく、自分の中で処理できるストレスばかりだったからだ。

ストレスを与えてくる対象を、できる限り無視することができたからだ。

 

ここまではきっと世間では"真面目"だと言われるだろう、と自負している。

いや、真面目というよりは、これが世間様の言う"普通"なのだろう。

 

だが、高校に入ってから、僕は変わってしまった。

高1の5月から、もう既に「学校に行きたくない」という感情を抱いていた。

第一志望の高校に偏差値が足りず、適当に選んだ、少し下の高校を受験し、合格し、進学したからだ。

辛くもその高校の校風は、僕に全く会っていなかった。

特定を避けるため校風についての言及はしないが、"特殊な学校"だと表現しておこう。

"特定ができそう"なほど特殊な校風を持つ学校だったのだ。

 

高校が嫌すぎる状態で、それでもなんとか、バイトで金を稼いだり、学校外で組んだバンドなどで楽しいことを見つけ、過ごした。

 

が、限界は来た。

 

学力の向上だけでも目指そうと思い、高2の夏にバンドを活動休止にさせ、秋から受験を見据えた勉強を始めた。

 

勉強はうまく進まなかった。

今思えば、これも鬱病の症状の1つである"思考能力・記憶能力の低下"だったのだろうか。

 

自習中に自暴自棄になり、外に出て、自殺未遂をした。

 

もう、とっくに"真面目"や"普通"なんてレッテルを貼られるような人間ではなくなっていた。

 

ただの落ちこぼれに成り下がっていた。

 

唯一自分に、高校に入学するまで残されてた"それなりに高い偏差値"という武器でさえも、気が付けば錆びてボロボロになっていた。

 

高校が、僕の全てを、崩した。

 

以前の記事でも書いた通り、それもあって2016年の最初にまた受験勉強を決意した。

 

それも、進まなかった。

 

もう、普通に、真面目に、戻れないのなら、いっそ死んでしまった方がいい。

 

取り柄のない僕がかつて持っていた"真面目さ"も"其れなりの偏差値"も、今はもう無いからだ。

 

落ちこぼれとして生きるのは嫌だ。

 

死んだ方がマシだ。

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