My hate.

人生への諦念

2016年を振り返る

この1年間、様々な出来事があった。

 

絶望、希望、両方を見てきた。

 

今日は今年最後の日。

改めて、自分の身の上を振り返ってみようと思う。

 

まず1月。

2015年12月に派遣会社に登録し、"派遣社員通信制高校生"という肩書きの僕は、この月は派遣労働に励み、勉強はせず、趣味の音楽と、友達やフォロワーさんとの遊びに時間を費やした。

 

派遣労働は、以前書いた記事の通り、やり甲斐が一切無く、精神も肉体も疲弊するような仕事であったが、人に会ったり趣味をしたりすることでギリギリ精神を保っていた。

相変わらず人生に絶望こそはしていたが、頻繁に遊ぶことによって鬱々しい感情を押し殺していた。

 

2月。

派遣労働によるストレスが限界に達し、夜に全く眠れなくなってしまった。

出勤そのものに恐怖、もしくは絶望を感じてしまったのだ。

ここで一度仕事を無断欠勤し、派遣労働をやめる。

2月中にあった自分のバンドのライブを最後に、"受験勉強"を本格的に始めることを決意した。

底辺からの脱出、落ちこぼれからの脱却を目指して。

 

3月。

この月から僕は受験勉強を始めた。

英語は得意だと自負していたが、さすがに何ヶ月も勉強をしていなかったのでかなり知識が抜け落ちていた。

そのため、中学英語の総まとめ問題集を購入し、2週間ほどで終わらせて、高校英語に入った。

同時に通信制高校で課される課題も、8割程春休みのうちに終わらせた。

数学、物理、化学は出だしから芳しくなく、この時から既に"逃げ"の姿勢に入っていた。

これが失敗だった。

 

4月。

英語の勉強はかなり順調に進んだが、やはり苦手な数学、物理、化学は相変わらず全然歯が立たなかった。

中旬頃からコンビニのバイトを始めた。少しでも受験費用の親への負担を減らしたかったためだ。

シフトは朝勤の6:00-9:00。生活リズムを朝型にしたかった故、このシフトを選んだ。

バイトが終わったら近くの図書館に行き、できるだけ閉館時間まで勉強をするように努めていた。

 

5月。

受験勉強を本格的に初めてから始めて受けた模試では、英語と国語の成績が一気に上がっていて、自分の僅かながらの努力を実感することができた。

しかし、僕は理系学科志望にも拘らず、数学、物理、化学が苦手であったため、この模試でもやはりその3科目の成績は酷いものであった。

 

6月。

バイトのシフトを増やされた。

8連勤をした時期もあった。

6:00-9:00に出勤、そのままファミレスや図書館で勉強をした後、17:00-22:00でまた出勤、といったシフトもあった。

このようなバイトのシフトの組み方だったため、この月の勉強時間は減ってしまった。

 

7月。

スタディサプリ高校英語の英文法の範囲の授業を全て修了させた。

おかげで英語の成績はまた伸びた。同時に国語も点数が安定してきていた。

ただ例の如く、理系3科目は目も当てられないような状態だった。

ここまで書いてきて、理系3科目にほとんどアプローチをできなかった自分が本当に愚かだと痛感した。

月末にバイトを辞めた。

 

8月。

大手予備校の夏期講習に参加し、夏期講習の期間は自習室でひたすら勉強をするようになった。

そして夏期講習が終わった後、親に必死に頼み込み、入塾をすることになった。

"理系学科志望なのに理系科目が苦手"であることを払拭したかったのだ。

しかし、この辺りから成績が伸び悩んでしまった。

そのせいでメンタルが少しやられてしまい、勉強時間は6月並みに減ってしまった。

またバイトを始めて生活リズムを整えたいと思い、下旬にコンビニのバイトを始めた。

また、この時にhttp://t-ritama.hatenablog.com/このブログの筆者様にお会いし、受験勉強に関する話を色々とお聞きした。

これがかなり励みになった。

 

9月。

入塾してから、英語の授業にはなんとかついていけていたが、数学は個別指導であったにも拘らず、ギリギリついていくのがやっとであった。

理系学科にどうしても行きたかったが、さすがにあまりにも実力が足りなすぎたため、文転も少し考えていた。

それでもまだ諦めたくはなかったので、食らいついていた。

 

10月。

この辺りからまたメンタルがどんどん崩れ始めてきた。

得意であった英語ですら伸び悩み、もはやまともに点が取れるのは国語の現代文みになっていた。

自分には受験勉強は向いてない、底辺は底辺なりにフリーターでもしていればいい、と、自分で自分を追い込む、ネガティブな考えばかりが浮かんでいた。

バイト先に連絡し、10月いっぱいで、一旦受験が終わるまでの間、休ませてくれとお願いした。

受理されたので、ここからはバイトが無くなった。

 

11月。

月初に衝動で自殺未遂をしてしまい、メンタルも身体もボロボロになってしなった。

ただ引きこもるだけの人間になってしまった。

幸い、支えてくれる人がいたので、自殺願望が強くともなんとか生きることができていた。

支えてくれる人がいなければ死んでいただろう。

予備校の授業の受講、予習、復習だけはなんとじゃしていたが、他のことは一切できなくなってしまった。

勉強時間は大きく減り、現役合格を諦めざるを得なかった。

 

12月。

相変わらず引きこもりのまま、ついに勉強もしなくなり、日々をただ虚無に過ごしていた。

少しでも動いた方が良いと思い、派遣会社に連絡し、仕事をしたが、2日仕事をしただけでもう限界だった。

1年以上前から通っている心療内科の診察室で思いっきり泣いてしまい、医者から入院を勧められた。

親とも話し合い、1月初旬から1ヶ月ほど入院をすることが決まった。

入院が決まって、薬の量も増やされてからは、あまり自殺願望を抱くことがなくなった。

月の後半には友達とも遊び、そこで自分が抱えている不安や、未来への展望を話すことで気を楽にしていた。

親にも、周りの人にも迷惑をかけて生きてしまっているな、と強く感じている。

 

いつか恩返しをしなければ、と思った。

 

以上が、この1年間の振り返りである。

 

こうして省みると、自分の今年の失敗が全て文字としてわかるので、来年再開する受験勉強、浪人生活では、同じ失敗を繰り返さないようにと、強く決意をすることができる。

 

入院する1ヶ月ほどの間は、中学数学と中学理科、高校英語、日本史の勉強だけをするつもりだ。

時間があれば、鬱病が治れば、高校数学、高校物理化学もする。

 

そして3月からまた、今度は予備校生として、新たなスタートを切りたい。

 

来年の抱負とともに、今年を省みたこの記事は、ここで筆を置くことにしよう。

 

2017年がよい年であることを切に願う。

 

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