My hate.

人生への諦念

"人生のレール"について。

僕は「一度人生のレールから外れた人間に世間は冷たすぎる。」という言葉に心底共感する。

僕は全日制高校に2年ほど通い、いろいろあって不登校になり通信制高校に転入した者です。(僕について、詳しくはhttp://croaz.hatenadiary.jp/entry/2016/12/06/212325 の記事に記してあります。) "人生のレール"という言葉、ここでは

《幼稚園または保育園、小中を運良くいじめられなく過ごし、高校に進学し、良い大学か良い就職先に行き、その先の人生を幸せにできる道》

と定義する。

まず僕が最初に外れた場所は"高校が全日制から通信制に変わった"ところだ。

通信制高校は大学受験のための勉強をするような人がほとんどいないため、教師も生徒も勉強に対しては適当。(通信制高校の特性上、カウンセリングをしてくれる方などはいる)

ほとんどの人は高卒就職か専門学校進学、大学進学するにしてもボーダーフリーの、いわゆる"名前を書けば入れる大学"に行く。

もちろん、彼ら彼女らの第一希望の進む場所がそこなら、本人達にとっては何も苦しくない、むしろ希望を持ってその場所に行く。

が、僕は違った。プライドが高く、自分に"落ちこぼれ"のレッテルを貼られるのが大嫌いであるため、理工学部を有する国立大学を志望している。 通信制高校ではまともな教育を受けられないので、全ての教科は実質独学になった。

独学というのは計画を立てる力、計画をこなす力、勉強に対する意欲、集中力、大学合格への強い意志、大学合格のための環境作りを全て自分1人の力で作らなくてはならない。

僕は集中力が人並みよりも大きく欠落していて、鬱病でもあるためすぐに病んでしまう。

そのため親に頼んで、9月から大手予備校に通わせていただいている。

8月まで勉強をして、独学の限界を感じたので。

ただ、僕はとても弱い人間で、予備校の授業に出るのも億劫になってしまう時がある。

成績が上がらない不安から鬱になることも毎月、毎週、ほぼ毎日ある。 "レールから外れてしまう"理由は人それぞれで、僕の場合は鬱病発症、レールに戻れないのは、発達障害の疑いがあることや、すぐに気分がふさぎ込んでしまい鬱になってしまうことが原因だ。

他にレールから外れる場合は、いじめられたことによるショックや、それによる不登校化であろう。

一度レールから外れると、日本という国家はその人に対して冷たくなる。

いじめられっ子への対応がずさんであったり、収入が少ない世帯への援助がままなってない癖に、ご老人は手厚く扱う。金持ちだけが有利になる。不利な、収入の少ない世帯の子どもや元いじめられっ子や元引きこもりが難関大学に合格することがたいへん困難な状況を作っている。

そんな嫌な国家の元で、それでも成功する方はいる。ごく少数だが、その方々はとても強いんだなと、尊敬の念を覚える。 レールから外れても戻れるような社会、そもそも"レール"なんて考えなくていいくらい、児童や生徒や学生が夢を見ていい社会。

そんな社会になることを、ただ祈るばかり。 中には「人生にレールなんてない」という人もいるが、僕にはそういう人の気持ちは全くわからない。

"幸せ"の定義は人によって違う。 レールから外れても幸せな人は幸せだ。 楽観的に人生を考えることができる人こそが、本当に幸せな人なのかもしれないな、と思う。

"人生のレール"、それはきっと社会が、国家が、暗黙の了解として国民に与えたもの。

外れてしまったら外れた先で困難に立ち向かいつつ生きるか、必死に戻ろうとして苦労をするか。

 

生きることは、全く楽ではないのである。一部の人を除いては。

 

筆者 : ‪https://twitter.com/___CROAZ__

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