My hate.

人生への諦念

考え事をする時間が増えると精神は疲弊する。

僕は考え事をよくする。

自分の精神が健康だった頃は「将来の夢」やら「大学生になったらしたいこと」など、考え事というよりは妄想をよくしていた。

最近は専ら、将来への不安、希望が一切持てないことへの不安、このまま時間が過ぎたらもう社会復帰はできないんじゃないか、など、暗いことばかり考えている。

暗いことを考える度、己に絶望し、陰鬱とした気持ちになってしまう。

"精神が不健康ではない時に考え事をするべきじゃない、特に寝る前の時間はその考え事によって眠れなくなるのでするべきではない。"

というのが一般論であり、僕も承知だ。

が、こうも毎日、何かに対して疲労を感じていると、考え事は収まらない。

過去への悔やみ、憧憬、成功者への嫉妬や羨み、成功者と自分を比べては自分の無力さに絶望する。

そんな毎日を繰り返していても、わかっていても、マイナスな考えは止まらない。

いつか胸を張って希望を持って生きていけるといい、けど、そもそも明日を生きる気力も無い。

自分の好きなバンドの好きな曲に励まされたり、抗鬱剤を飲んだり、冷たい画面に愚痴を呟いて、なんとか自分を保って、なんのために生きるのかわからず、たまに自暴自棄になりながら生きて、意味はあるのか。

死ぬ勇気さえあればこの苦しみから解放される。そう思っていても、電車に轢かれたり、首を縄で締め付けるという行為に"恐怖"を感じてしまう。

「明日だけ、明日だけはとりあえず頑張ってみようかな」を毎日唱えてここ数十ヶ月を生きてきた。

もしかしたらこの思考こそが、抱いてる、自覚の無い希望なのかもしれない。

死にたいと言いながら生き続ける愚かな人間が希望を抱く権利なんて無いのに。

もしかしたら僕は、大学受験に向いていない、大学受験すらできない人間なんじゃないか。 かと言って、名前を書いただけで入れるような大学に入学して無駄に学費を溶かすのは嫌だ。 就職をするか。就職をするにしても、通信制高校卒業見込みで、資格など何も持ってない僕に就職先はあるのか。あったとすれば、そこはきっとブラック企業だろう。嫌だ。 フリーターになるか。フリーターとは、社会の底辺の中の一部だ。夢を持ってするフリーターならまだ輝いているだろう。でも今の僕は、夢はあるけれど、実現が難しい、そもそも複数人を必要とし、自分1人じゃ叶えられない夢だ。そんな困難な夢だけのためにフリーターを選ぶのは愚かで、嫌だ。 嫌だ。嫌だ。嫌だ。生きているのが、嫌だ。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ 悲観をこれ以上したくない。 考え事はポジティブでありたい。 考え事がポジティブな方がいたら、それは、健康な証拠だ。
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