My hate.

人生への諦念

八方ふさがり

どう生きればいいのかわからない。

どう生きていればよかったのかわからない。

どこで失敗をしたのかはわかっているつもり。

生まれたことがそもそも失敗だったのかもしれない。

自分が考えつく人生のルートを全て辿ってみた。その先にあるのは全て絶望だった。

どう生きればいいのか。なぜ生きるのか。

時間が過ぎていく。もう戻れない過去を悔やんで何度も泣いた、絶望した、それでも何も変わらない。変わるはずがない。過去なのだから。

後悔は消えないまま、復讐をするまで永遠につきまとう。

思考の端にはいつも「僕は負け組」という言葉がある。

一度負けてしまうと、その先どう足掻いても取り戻せないのが人生なのではないか。

負けたのが悔しい。人生に負けた自分が憎い。努力もできない、才能もない自分が憎い。

このまま生きて何になるというのか。

自分は無価値な人間であるはずなのに、なぜ周りに支えてくれる人が少しいるのかがわからない。 "ひとつの命が終わる"という普遍の真理を、自分自身の手で起こそうとしているだけなのに、なぜ止めるのか。 自殺を止められる度、優柔不断で弱い僕は、自殺をやめる。 しかし、自殺をやめたからといって、明日に希望を持てるわけではない。 生きていくことへの不安、生きていいのかという不安、不安、不安、不安。 精神が落ち着かない。抗鬱剤を飲んだあとは頭がぼーっとして、死にたいとは考えなくなる。 ただ頭がぼーっとしているので、なかなか他のするべきことに手がつかない。 薬に生かされて、無価値な、鬱病発症後からの一年を生きてきてしまった。 今いる大切な人に出会う前に死んでおきたかった。母親が支えてくれなかったら安心して死ねていた。中3で仲良くなって、そこからずっと、ほぼ毎日連絡を取り合ってる友達とも出会わなければよかった。 支えてくれる人に感謝しつつ、「みんなのせいで死ねなくなっちゃった」と、僕が今持つ語彙の中では言い表せない感情がある。 生きることに疲れてしまった。八方ふさがり。逃げ道も、進むべき道も、進みたい道も、もはやなくなりそうだ。 "普通の人"のように、鬱々しい考え方をやめて、ポジティブに、希望を持って生きてみたいものだ。 わずかな時間でいいから、継続的に持てる希望が欲しい。
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